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和歌山地方裁判所 昭和62年(行ウ)2号 判決 1991年7月31日

原告 吉備弥一郎

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 上野正紀

被告 海南市固定資産評価審査委員会

右代表者委員長 冬野泰一

右訴訟代理人弁護士 月山桂

同 中川利彦

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らが昭和六〇年五月七日、別紙物件目録一、二記載の土地、建物にかかる昭和六〇年度固定資産評価額について行った不服審査の申出に対して、被告が同六二年五月六日付でなした棄却決定はこれを取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告吉備弥一郎(原告吉備という。)は別紙物件目録一記載の土地(本件土地という。)を、原告株式会社カミヤ(原告会社という。)は別紙物件目録二記載の建物(本件建物という。)を、それぞれ所有している。

2  海南市長は、昭和六〇年二月末日、本件土地及び本件建物(あわせて本件土地建物ともいう。)に対する昭和六〇年度の固定資産税の評価額(本件評価額という。)を、本件土地については一二七一万六九〇二円、本件建物については一四四四万五一〇四円と決定し、これを昭和六〇年度固定資産課税台帳に登録した。

3  原告らは、右登録にかかる本件評価額に不服があったので、昭和六〇年五月七日、被告に対し、地方税法四三二条に基づく審査の申出をしたところ、被告は、同六二年五月六日、右審査の申出を棄却する旨の決定(本件決定という。)を行った。

4  本件決定の違法性

(一) 固定資産評価基準によることの違憲性

本件評価額は、固定資産評価基準(評価基準という。)に基づいて算出されたものであるところ、評価基準は、地方税法(法という。)三八八条に基づいて自治大臣によって告示の形式で決定され、固定資産税決定の権限を有する市町村長を拘束するものである。

しかし、固定資産評価額は、固定資産税の基礎となるものであり、この評価額の決定により、固定資産税額はほぼ自動的に定まることとなっている。そうすると、固定資産税の税額を決定する中心的要素というべき評価額が、法律の制約を受けず、自治大臣の告示によって決定されることになるのであり、このような制限を定める法三八八条は租税法律主義に反する違憲のものである。

(二) 固定資産評価基準の違法性

現行の評価基準は、地方税法の趣旨に反し、違法である。

(1) 現行の評価基準は、土地については売買実例価額を、家屋については再建築価格を、それぞれ基礎とすべき旨定めるが、本件土地家屋のような生存権的財産権については、利用価格を基礎として価格を算出することが憲法一四条、二五条から要請されるのであり、これに反して処分(譲渡)を前提とする現行の評価基準は憲法の趣旨に反するものとして違法である。

(2) 現行の評価基準のうち、土地についての評価方法(いわゆる市街地宅地評価法)は、概略以下のとおりである。すなわち、まず(a)用途地区毎に分類し(b)各地区毎に状況が相当に相違する地域にグループ分けし(c)各グループより標準宅地を選定し(d)標準宅地について適正時価を求め(e)これに基づき右標準宅地の沿接する主要な街路について路線価を決め(f)路線価から画地計算法により各土地の評価を決する。

右のうち、標準宅地の選定については、「主要な街路に沿接しており、奥行価格逓減率一・〇でその他の加算要素補正要素のないもの」とされているが、この加算要素補正要素は、結局右の画地計算法にて類定されたものであるから、これを前提たる標準宅地の選定において考慮するのは矛盾である。

また、適正時価の算定にあたっては、当該市町村内の基準宅地との均衡を考慮することとなっているが、その基準宅地の選定自体、時価に基づいて決定されるところの当該市町村の最高路線価格のものをもって選定するとされており、この点においても矛盾を生ずる。

(3) 現行の評価基準のうち家屋についての評価方法は、前記のとおり再建築価格を基準とするものであるが、評価基準に記載された評点は、東京都特別区区域内における物価水準により算定した工事原価相当の費用により決定されているところ、各地方の実情に合わせるための補正についてはなんらその基準が示されず、あげて市町村の裁量に委ねられており、基準として意味をなさない。

(三) 本件評価額決定手続の違法性

(1) 海南市長は、本件評価額決定にあたり、法四〇八条及び四〇九条に定める現地調査をしていない。

(2)(イ) 本件評価額の算出方法は以下のとおりである。

① 基準宅地について鑑定価格(基準時は昭和五八年七月一日)をとり、前回評価時の鑑定価格からの伸び率を算出する。

② 右の伸び率を前回の評価時の基準宅地の評価額に乗じる。

③ 右②の金額と、右①の今回評価時の鑑定価格との比率を求める(到達率という。)。

④ 到達率を各標準宅地の鑑定価格に乗じる。

⑤ 右④で得た金額が昭和五八年度相続評価額をこえた場合は、前回の固定資産評価額の一・五倍にまで減ずる。

(ロ) 右の算出方法は、要するに基準宅地の鑑定価格を唯一の標準とするものというべく、適正か否かの判断を放棄している。

また、到達率は、以下の計算式から明らかなように、毎回ほぼ同率になることが予定されている。

すなわち、前回評価時の鑑定価格をA、今回評価時の鑑定価格をBとし、前回評価時の評価額をaとすると、今回評価時の評価額は、B/A×aとなる。したがって、今回評価時の鑑定額との比較により到達率は、となる。

さらに、海南市において固定資産評価に不動産鑑定を採用したのは昭和五二年度(昭和五四年度評価換分)からであって、少なくとも昭和四六年度以降昭和五一年度までは、いわゆる精通者価格によっていたものである。しかし、精通者価格は、市内金融機関の不動産担当者等の評価にかかるものであり、合理性の担保に欠けるものであるところ、右算出方法によれば、現在の評価額も、この精通者価格に基づくものというべきであるから、やはり、合理的なものとは解されない。

(ハ) 海南市が本件評価額決定の前提とした鑑定は、きわめて簡単なものであり、また、鑑定評価書記載の地番が現実に鑑定をした土地と齟齬するところがあるなど、信用性に乏しい。

(ニ) 実務上、一つの標準宅地についても、数名の精通者による評定をし、その上専門家の意見を聴くべきであるとの指導がなされているにもかかわらず、海南市はこれを履践していない。

(四) 本件審査手続の違法性

固定資産評価審査委員会は、固定資産評価に関し審査の申出を受けた場合、申出人に対し、不服事由を明らかにし、かつ、これに関する反論の主張及び立証をさせるために必要な範囲で、評価の根拠や計算方法等価格決定の理由を了知させる措置をとる義務を負うと解すべきである。

具体的には、少なくとも、対象土地の地目・市街地性の認定結果、用途地区の区分結果、標準宅地の所在位置、その適正な時価や路線価及びその算出根拠、路線価、評点数の評点一点当たりの価格などを、自ら、もしくは市町村長あるいは固定資産評価員を通じて、口頭審理の内外を通じ、申出人に明らかにするべきである。

しかるに、被告は、基準宅地の地番、標準宅地の地番、それらの時価及び路線価の算出根拠について、原告らに対し明らかにすることがなかった(なお、第一回口頭審問において「糸幸の呉服店」の所在地の鑑定価格の開示があったが、その地番及び同地が標準宅地であることは開示されておらず、かつ、開示された鑑定価格は別の土地のものである。また、第六回審問において、本件土地にかかる標準宅地が名高八―四であることの開示はあったが、その所有者及び価格は開示されていない。)。

また、被告は、原告らからの鑑定書閲覧の申出も却下している。

5  よって、原告らは、本件決定の取消し等を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の各事実は認める(ただし、本件土地は、原告吉備ほか三名の共有である。)。

2  請求原因4中、本件評価額が評価基準に基づいて算出されたものであること、及び本件評価額の決定にあたり現地調査がなされていないことは認め、その余は争う。

三  被告の主張

1  評価基準の合憲性について

法は、三四二条及び三四三条において、固定資産所在地の市町村が当該固定資産の所有者に固定資産税を課しうる旨を定め、三四九条において課税標準を定め、かつ、標準税率等をも定めているのであるから、租税法律主義の要求は満たされている。個々の物件の価格の決定は広い意味での事実認定であり、評価方法を細部にわたって法定することは不可能であって、かえって客観的に正当な価格の決定を妨げることになりかねない。

2  評価基準の適法性について

(一) 市場価格は、財産の収益力を示す客観的な指標となりうるから、土地についての売買実例価額及び家屋についての再建築価格を基礎とすることは、固定資産税課税の前提たる価格の算出方法として問題はない。

(二) 現行の評価基準における標準宅地の選定及び適正時価の算定に関する原告ら主張(一4(二)(2))は、運用の問題に過ぎない。

なお、市街地宅地評価法は、市町村の宅地を商業地区、住宅地区等各用途地区に区分し、これら各地区について状況が相当相違する地域毎にその主要な街路に沿接する宅地のうちから標準宅地を選定したうえ、標準宅地について売買実例から評定する適正な時価を求め、これに基づいて標準宅地の沿接する主要な街路について路線価を付設し、これに比準してその他の街路について路線価を基礎として画地計算法(宅地の奥行、形状、角地等の影響を参考に計算する方法)を適用して、各宅地の評点数を付設するものである。

また、家屋の評価は、木造家屋、非木造家屋の区分に従い、各家屋に評点数を付設するが、各家屋の評点数は、再建築費評点数を基礎とし、家屋の損耗等の状況により減点を行って付設する。この評点一点当たりの価格は、物価水準と設計管理費等により補正することとされるが、非木造家屋にかかる物価水準による補正率は、一・〇〇(東京都と同一)とされ、設計管理費等による補正率は一・一〇とされており、補正の基礎となる基準は示されている。

3  本件評価額決定手続の適法性について

(一) 法四〇八条は訓示規定であり、決定された価格が正当であるかぎり、同条違反はその無効・取消事由にはならない。

本件土地は、近時あらたに商業地として造成区画された繁華街であり、その時点で実態が明確に把握されており、しかも、海南市役所から至近距離にあるため、市担当職員において常時状況を把握している。また、本件建物については新築時に立入調査を行っている。

(二) 適正な時価の算出方法としては、原告ら主張のとおりであり(なお、急激な負担増を回避するため、上昇率の上限を五〇パーセントとするとともに、評価額を相続税路線価よりも低く抑えることとしている。)、これによって得られた路線価に比準して、他の街路についても路線価をつけ、画地計算法に適用して各宅地の評点数を得ることになる。

このように、評価額の決定にあたっては、鑑定価格のみを基礎としているのではない。

なお、比準とは、標準宅地との位置関係、路面幅員・傾斜等の道路状況を具体的に判断することを称する。

(三) 評価額の決定は、原告ら主張のように、到達率を各標準宅地の鑑定価格に乗じて得た価格をそのままそれぞれの標準宅地評価額とするのではなく、到達率を基礎に、上昇率の上限を五〇パーセントに抑えつつ、各標準宅地間のバランスを考慮しながら評価するものである。

(四) 精通者とは、不動産鑑定士に限られるものではなく、当該市町村内の土地の価格事情に精通し、かつ、公平な評定価格を期待できる者をいい、これによる評価についても合理性を認めることができる。また、昭和五三年度以降、不動産鑑定士の鑑定額が三回にわたって反映されているから、少なくとも現時点においては、公平な評価額が算出されているものというべきである。

原告ら主張の実務指導も、必要的なものとは解されないし、本件土地と基準宅地との位置関係等からみて、基準宅地につき鑑定と精通者による評定とを経ている以上、これを履践しているものと評価できる。

(五) 固定資産評価の主体は固定資産評価員であり、鑑定人の鑑定は、右評価員が固定資産を適正に評価するに必要なものであれば足りる。本件評価額決定の前提となる鑑定は、記載方法はともかく、一般的な方式に則ったものであり、問題はない。また、本件土地付近は、造成後日が浅いので、新規の標準宅地について鑑定理由が示されていれば、他の標準宅地についても適正な評価は可能である。

4  本件決定手続の適法性

被告は、基準宅地及び標準宅地の地番、時価及び路線価の算出根拠等原告らから釈明を求められた事項については、本件口頭審理中に明らかにしている。

(一) 第六回口頭審理において、基準宅地が海南市名高四八―四であり、本件土地に対する標準宅地が同所八―四であることを明らかにしている。

そして、右標準宅地が本件土地の一軒おいて西隣にあり、条件が本件土地やその西隣のデート洋品店などと同一であることは、原告らにも明らかである(標準宅地にかかる価格はデート洋品店の鑑定価格)。

(二) 第一回口頭審理において、右基準宅地の鑑定価格が一平方メートル当たり二九万円であることを明らかにしている。

なお、同じ口頭審理において、糸幸呉服店の鑑定価格が同二七万円であると説明しているところ、原告らはその位置地番を当然知っていたはずであり、また、説明時の事情から見て、それが標準宅地であることは容易に判明したはずである。なお、右価格は同三三万円の誤りであるが、これは原告らに別段の不利益をもたらさない。すなわち、本件土地の標準宅地にかかる鑑定対象土地については、上昇率が高いため、鑑定価格にかかわらず、評価額は同一になる(請求原因4(三)(2)(イ)⑤)。

(三) 閲覧請求は、最終口頭審理の席上なされたものであり、却下の理由は以下のとおりである。

(1) 本件土地の鑑定については口頭審理において説明ずみであるから、鑑定書を閲覧させる必要はない。

(2) 本件土地の評価調書の内容は、海南市提出の答弁書及び閲覧に供した課税台帳により明らかである。

(3) 評価員及び評価補助員が誰であるかは第一回口頭審理において明らかにしており、また誰がどの土地を評価したかは開示する必要がない。実地調査の年月日は、記録にない。

(4) 固定資産の評価に従事する市職員による記録はメモ程度のものを除き、存在しない。

(5) 原告らの閲覧請求にかかる鑑定書には、他人の所有土地についても一括記入されており、その閲覧を許すと、他人のプライバシーを侵害するおそれがあった(法二二条参照)。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし3の各事実は当事者間に争いがない(ただし、本件土地については原告吉備ほか三名の共有である。)

二  固定資産税評価基準による評価の違憲性の主張について

1  本件評価額が評価基準に基づいて算出されたものであることは当事者間に争いがない。

2  原告らは、固定資産税の税額を決定する中心的要素である評価額の決定につき、自治大臣の告示である評価基準において基準等を定めることとする法三八八条は、租税法律主義に反する違憲のものであると主張する。

しかしながら、固定資産については、課税権者(法三四二条)、納税義務者(法三四三条)、課税物件(法三四二条、三四一条一号)、税率(法三五〇条、七四一条)について地方税法が定めているものであるところ、課税標準についても、法三四九条及び三四九条の二において、賦課期日における固定資産の価格で固定資産課税台帳に登録されたものであると定められており、また、右にいう「価格」についても、法三四一条五号において、適正な時価をいうと定められている。

この時価の決定について、法は自ら具体的基準を定めず、三八八条において、これを自治大臣の告示に委ねているものであるが、個々の物件の時価の決定は、広い意味での事実の認定であって、その方法を細部にわたって法定することは不可能であり、却って客観的に正当な価格の決定を妨げることにもなりかねないというべきであるところ、法三八八条は、基本的事項について、前記のとおり法定されていることを前提に、具体的・技術的な細目につき、法律において、自治大臣の定める評価基準に委任したものであるから、租税法律主義に反するとの主張はあたらない。

よって、この点に関する原告らの主張は理由がない。

三  固定資産評価基準の違法性の主張について

1  原告らは、現行の評価基準が、土地については売買実例価額を、家屋については再建築費を、それぞれ基礎としていることに対し、生存の基礎となる財産につき、それ以外の財産と同様に課税することは憲法一四条、二五条に反し、したがって地方税法に反するものと主張する。

しかし、憲法上いかなる租税を課すかは立法府の裁量に委ねられていると解すべきであり、したがって、固定資産税の課税標準をどのようにとるかも立法政策の問題と解されるところ、現行の地方税法上、固定資産税は資産価値に着目して課せられる物税であると解すべきであるが(最高裁判所昭和四七年一月二五日判決・民集二六巻一号一頁参照)、このような課税標準をとることが法の下の平等を害し、または生存権を脅かすものであることの具体的な主張立証はなく、したがって、立法裁量の域を超えたものであるということはできない。

そして、資産価値は交換価値をもってはかるのが相当であることに照らすと、評価基準が、土地につき売買実例価額(ただし非正常要素を除いたもの)を、家屋につき再建築費(ただし、家屋の損耗の状況等による減点がなされる。)を、評価の基礎としていることは、法の趣旨に合致するものというべきである。

原告らの主張は、固定資産の利用目的・利用状況を評価にあたって考慮すべきとするもののごとくであるが、法は、前記のとおり、価格につき適正な時価をいうものとしており(三四一条五号)、これは固定資産の現実の利用状況等にかかわらず客観的に定まるべきものであるから、右のような考慮は現行法上許されないものと解される。

なお、固定資産税が資産価値に着目して課せられる税であることは前記のとおりであって、いわゆる収益税とは解しえないところであるが、正常な市場価格は、潜在的な収益力を示すものといえるのであるから、このような見解からしても、売買実例価額及び再建築費を基礎とする評価基準には合理性が認められるものというべきである。

2(一)  原告らは、市街地宅地評価法は、標準宅地の選定につき「その他の加算要素補正要素のないもの」との要件を定めているが、この加算要素補正要素は画地計算法によって類定されたものであり、画地計算法による土地の評価の決定に先行するのは矛盾である旨主張する。その趣旨は必ずしも明らかでないが、標準宅地ないしその候補地についての加算要素補正要素の存否自体の判断は、画地計算法による評価の決定とは独立して行いうるものと解されるから、その間に矛盾があるとは解されず、原告らの主張は何らかの誤解に基づくものというほかない。

(二)  評価基準は、市街地宅地評価法を適用して各筆の評点数を付設している場合の基準宅地の選定については、最高の路線価を付設した街路に沿接する標準宅地を選定すべき旨を定めている(1章3節三2(1))。したがって、基準宅地の選定の段階で、各路線の路線価、さらにその前提たる標準宅地の価格は決定されていなければならないはずであるが、他方、評価基準は、市街地宅地評価法による場合に、標準宅地の適正な時価を評定するに際し、基準宅地との評価の均衡を考慮すべき旨を定めており(1章3節二(一)3(1)ウ)、基準宅地の選定が標準宅地の価格の決定に先行することを前提としているのであって、この間に矛盾が存することは原告ら主張のとおりである。しかし、評価基準は、右の標準宅地の適正な時価の評定に際し、各標準宅地相互間の評価の均衡をも総合的に考慮すべき旨定めているのであり(前同)、前記のとおり基準宅地が標準宅地の中から選定されることに照らせば、この矛盾はさしたる意味を持たないものと解され、したがって、評価基準の違法をもたらすものということはできない。

3  評価基準は、家屋の再建築費評点数の算出につき、各個の家屋の構造の区分に応じ、当該家屋について適用すべき(木造ないし非木造)家屋評点基準表によって家屋の各部分別に標準評点数を求め、これに補正項目について定められている補正係数を乗じて得た数値に計算単位の数値を乗じて算出した部分別再建築評点数を合計して求められるものとしており(2章2節二、3節二)、また、この標準評点数は、東京都(特別区の区域)における物価水準により算定した工事原価に相当する費用に基づいて、その費用の一円を一点として表したものであり、各市町村の単位あたり工事費等の実態から見て特に必要があるものについては、その実態に適合するように所要の補正をして適用すべきものとされている(2章2節二4(2)、3節二4(2))。

原告らは、評価基準はこの補正について市町村の裁量に委ねているとして、基準としての意味をなさないと主張する。その趣旨は必ずしも明らかでないが、補正の基準につき法律で定めることが租税法律主義の要請であるとの趣旨であると解しえないではない。しかし、このような補正は事実の認定に属し、租税法律主義の見地からも、その基準を法律で定める必要はなく、各市町村がその実情に適合した補正をすれば足りる(補正が不適切であれば、そのことを捉えて評価の違法事由とすることは考えられないではない。)ものというべきである。

四  本件評価額決定手続の違法性の主張について

1  海南市長が本件評価額の決定にあたり法四〇八条に定める現地調査をしていないことは当事者間に争いがない。

被告は、これら現地調査に関する規定は訓示規定である旨主張するが、根拠に乏しく、採用しない。

しかし、右調査は、結局適正な評価に寄与することを目的として規定されているものであり、それ自体が目的ではないから、これに違反してなされた評価がただちに取り消されるべき瑕疵を有するものであるとまではいえず、その瑕疵が評価に影響を及ぼすときに限り、違法としてこれを取り消すべきものと解される。

これを本件についてみると、《証拠省略》によれば、海南市においては、土地家屋のすべてについて毎年実地調査をすることは人員不足等から不可能であるとして、完全に履践していないこと、ただ、毎年新築家屋については立入調査を実施し、土地については地目の変更等、家屋については増改築等が把握できた場合にもできる限り個別に調査を実施していること、これとあわせてできる範囲では土地の状況についても調査をしており、実地に調査できないところについては航空写真等で把握するよう努めていること及び本件建物についても新築時に実地調査がなされたことが認められる。右によれば、海南市における実地調査が法の要求を満たしているとはいいがたいところではあるが、本件土地建物の状況について特段の変化があったことの主張立証のない本件において、このような手続上の瑕疵が、本件土地建物の評価に影響を及ぼすとまでいうこともまた困難であって、結局右の瑕疵が本件決定の取消事由になるとすることはできない。

2(一)  本件評価額の算出方法が以下のとおりであることは当事者間に争いがない。

(1) 基準宅地について鑑定価格をとり、前回評価時の鑑定価格からの伸び率を算出する。

(2) 右の伸び率を前回の評価時の基準宅地の評価額に乗じる。

(3) 右(2)の金額と、右(1)の今回評価時の鑑定価格との比率を求める(到達率という。)。

(4) 到達率を各標準宅地の鑑定価格に乗じる。

(二)  右の算出方式によれば、到達率は一定になることとなる。この点について、被告は、評価額の上昇率を五〇パーセント以内に抑えるとともに評価額を相続税路線価よりも低くしている旨主張するが、例外的措置に関するものにとどまる。

しかし、到達率とは右から明らかなように基準宅地における鑑定価格と評価額との比率をいうものであるところ、これが一定であっても、各標準宅地についてとられた鑑定結果が無意味になるものでないことは右(一)(4)から明らかであり、基準宅地の鑑定価格を唯一の標準とするものという原告ら主張は当を得ない。また、《証拠省略》によれば、海南市においては従前不動産鑑定士の資格を持たない者による精通者価格を評価の基準としていたことが認められるが、右の算出方法において、この精通者価格が現在の評価に何らかの影響を及ぼしているとも解されない(到達率と右精通者価格との関係については主張が明らかでない。)から、原告らのこの点についての主張も失当である。

3  《証拠省略》によれば、自治省固定資産税課の編んだ固定資産評価基準解説には、精通者価格の検討に際しては、精通者(不動産鑑定士を含む。)を五名程度選定するのが適当である旨の記載があることが認められる。他方、《証拠省略》によれば、海南市においては、売買実例価額を得ることができない標準宅地については、精通者として清水正義不動産鑑定士に鑑定を依頼していること、鑑定には同鑑定士の事務所に所属する不動産鑑定士複数があたっているが、ひとつの土地につき複数の鑑定士が鑑定をしているわけではないこと、同鑑定士から提出されている評価意見書及び鑑定書には、新規の標準宅地の場合にのみ結論のほか簡単な理由が付せられているが、それ以外は結論のみとなっていること及び多少の補正はあっても、基本的には右鑑定価格が標準宅地の価格として採用されていることが認められる。

以上によれば、海南市において、標準宅地の売買実例価額が得られない場合の標準宅地の価格の決定にあたっては、不動産鑑定士の鑑定がほとんど唯一の根拠とされており、鑑定価格を複数とることはされておらず、また、鑑定の根拠について詳細に示されることもないのであるから、標準宅地の価格の決定方法がいささか簡略に過ぎるのではないかとの疑いを禁じえないところである。しかし、鑑定は資格ある不動産鑑定士によってなされていること、右の固定資産評価基準解説は法的拘束力を有するものではなく一応の指針にとどまること、及び鑑定書が簡略であるからといって、鑑定自体が簡略であると断ずることはできないことを考えると、鑑定の方法に関して本件決定の取消事由になるような瑕疵があるとまでいうことはできない。

また、《証拠省略》によれば、右鑑定において、名高八―四の土地として記載されている鑑定価格が、実は日方一二九〇―四一の土地のものであり、この土地に関する限り、現地を取り違えて鑑定していることが認められる。しかし、この誤りが鑑定の他の部分の信用性を害するとまではいえず、やはり、本件決定の取消事由になるということはできない。

五  本件審査手続の違法性について

1  固定資産評価委員会は、固定資産評価に関し審査の申出があった場合、審査申出人に対し、不服事由を特定して主張するために必要と認められる合理的な範囲で評価の手順、方法、根拠等を知らせる措置を講ずべきものと解される。

原告らは、被告が本件評価に関し、基準宅地の地番、標準宅地の地番、それらの時価及び路線価の算出根拠について明らかにしなかったと主張し、これらの瑕疵が本件決定の取消事由になると主張する。

2  まず、基準宅地についてみるに、その地番及び時価は第一回口頭審理で明らかにされている。

3(一)  本件土地に対応する標準宅地の地番については、第六回口頭審理で明らかにされている。

(二)  右標準宅地の価格の開示について検討するに、《証拠省略》によれば、第一回口頭審理において、市の坂部主事が、本件土地に接する道路の路線価の設定の前提として、基準宅地の価格とは別個に、糸幸呉服店の敷地の鑑定価格を開示していることが認められるところ、前後の文脈からみて、右は本件土地に対応する標準宅地の価格の開示の趣旨であったと認められる。他方、《証拠省略》によれば、原告吉備(原告会社代表者)は、本件審査手続の当初より、固定資産の評価手続については詳細な知識を有していたものと認められ、このことと右の糸幸呉服店の敷地の鑑定価格の開示の事実、さらに第三回口頭審理において市の池田係長が糸幸呉服店につき「吉備さんの所の関係」と発言していることを総合すると、原告吉備は、右の糸幸呉服店の敷地の鑑定価格の開示が本件土地に対応する標準宅地の価格の開示の趣旨であることを認識していたものと認められる。たしかに、かような事実の開示において、その趣旨が明確であることが望ましいことはいうまでもないが、しかし、本件における右のような事情のもとで、開示が若干明確を欠いたことを捉えて、本件決定の取消事由となると解することは相当ではない。

(三)  《証拠省略》によれば、第一回口頭審理において、坂部主事が、右糸幸呉服店の鑑定価格として一平方メートル当たり二七万円と述べていること、糸幸呉服店の地番は海南市名高八―四であるが、この土地について鑑定がされたことはないこと、坂部主事が答弁の根拠とした清水不動産鑑定士作成の鑑定評価書に名高八―四と記載のある鑑定価格は、まったく別個の土地(海南市日方一二九〇番四一の土地)のものであることが認められる。以上の事実によれば、被告が、本件審査手続において標準宅地の正確な価格を開示していないことは明らかといわなければならない。

しかしながら、《証拠省略》によれば、糸幸呉服店の隣地である名高八―五の土地(デート洋品店の敷地)については、標準宅地でないにもかかわらず鑑定がなされており、その価格は一平方メートル当たり三三万円であること、海南市としてはこの鑑定価格をもって標準宅地である名高八―四の土地の価格とするつもりであったこと、名高八―四及び同所八―五の土地との間で評価を異にすべき事情のないこと、及び、海南市においては、固定資産税負担の急激な増加は好ましくないとして、評価替えにあたり、評価の上昇率を五〇パーセントまでにとどめる扱いをしているところ、本件土地については、標準宅地の価格が二七万円であっても、右の扱いの対象となり、その結果、評価額は、標準宅地の一平方メートル当たり価格が二七万円であれ三三万円であれ、評価に差を生じなかったことが認められる。そうとすると、前記のとおり、被告において審査申出人に知らせるべき事項は、不服事由を特定して主張するために必要な範囲のものに限られると解すべきところ、本件においては、標準宅地の価格に関する開示の誤りは本件土地の評価に影響がないのであるから、このことを捉えて、原告らにおいて不服事由を特定して主張するために必要と認められる事項の開示を怠ったとまでいうことはできず、したがってこれを本件決定の取消事由ということはできないと解される。

4  路線価の算出根拠についてみるに、算出方法は評価基準に定められているところであるから(1章3節二(一)3)、標準宅地及びその価格が開示されていれば、路線価の算出根拠の開示としては十分なものと解される。

5  鑑定書の閲覧についてみるに、審査申出人に対して知らせることが求められる評価の手順、方法とは、不服申立てにかかる土地の評価の方法等のことであって、標準宅地や基準宅地の評価の方法等までを含むものではないというべきである。したがって、標準宅地にかかる鑑定価格の算出根拠が不服事由の特定のため必要な事項とは解されず、鑑定価格そのものの開示があればたりると解されるところ、本件では前記のとおり、基準宅地及び本件土地にかかる標準宅地について(瑕疵はあるものの)鑑定価格の開示がなされているから、鑑定書の閲覧を認めなかったとしても、違法とはいえない。

六  以上によれば、原告らの請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 弘重一明 裁判官 安藤裕子 久保田浩史)

<以下省略>

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